東京で新しい保育園の設計者に選ばれました。
ありがとうございます。
神奈川での精神障害者の施設と、福祉の二本立て。
福祉関係の仕事は得意でもあるしやりがいもある。
日本の福祉がもっと充実して欲しいとは思っているのだけれど。
しかし、福祉が単に量的に充実すると、
大きな副作用があることを忘れてはいけない。

アメリカでの寝たきり老人の数、
人口あたりの割合は日本の10分の1であるという。
これほど決定的な差ができるのは、何が原因か?
マイケル・ムーアが映画で言っているように、
アメリカで寝たきり老人になったら大変なお金がかかる。
あるいは周囲にとんでもない迷惑をかけることになってしまう。
あるいは誰にも面倒を見てもらえずに、
もっとも辛い日々を送ることになるかもしれない。
そうならないために必死に生きて行かなければならない。
それに比べれば、日本はまだまだ、家族がなんとかしてくれる。
それがダメでも特養(特別養護老人ホーム)やらグループホームやらでも、
何とかなりそうだ。
寝たきりになっても何とかなると思えば、寝たきりになる。
それが10倍の数字の差となって表れる。

福祉がすぐれているということで評判な北欧の国々。
日本の福祉関係者が大勢訪問するが、
近頃では、なんだそれほど大したことないじゃないか、
と思っている日本人も多い。
デンマークやスウェーデンの特養。
例えば朝食、棚に2〜3種類のパンが並べてあり
好きなものを取ってそれとコーヒーを飲むのが標準。
日本ではこうは行かない。
まずご飯。
普通に焚いたもの、少し柔らかめに焚いたもの、そしてお粥。
3種類用意しているところも珍しくない。
おみそ汁という名の素晴らしいホットディッシュ。
これに魚やら野菜やらの豪華なおかず。
しかも複数の種類から選択できることも。
北欧と比べたらそれらを給仕するだけでも大変。
まして食器を片づけ洗うことまで考えると、
朝食に掛かる手間の差は大変なものだ。

入浴は身体を清潔に保つためにも気分のリフレッシュにも欠かせないものだ。
日本の特養では最低週2回は入浴させなければならぬと、規定されている。
日本の入浴ではまず浴槽に首まで浸かる。
そうして身体が温まったら、いったん浴槽から出て全身を洗う。
そうして仕上げにもう一度浴槽に浸かり暖まる。
この一連の作業を全介護で行う。

機械浴といって車いすごと浴槽に浸かるものや、
ストレッチャーからスライドして自動テンプラ揚げ機のような機械まである。
そんな機械にか細いおばあさんが裸で乗せられたら、怖がるのは当然。
そんな非人間的な介護をすることはプライドが許さないと、
やさしい介護さんは自分の腕でお年寄りを抱えて一緒に浴槽に浸かる。
それではあまりにも肉体への負荷が多すぎると、
老人の自力と介護の力を合わせて入浴する、個浴槽などが発明されてきた。
どこまでもきめ細やかな日本の介護だ。

寝たきり老人にならないようにしっかりと節制して生きていても、
やはりそうなってしまう人もいる。
そんな時でも、しっかり公的介護を受けられたら。
身体を清潔に洗ってもらえたら、それで理想的ではないか。
シャワーでいいじゃないか、首まで浸かれなくたって。
首まで湯船に浸かってゆったりお風呂を楽しみたかったら、
自分が節制して生きなければならない。
お盆やお正月は特別に首まで浸かることが出来たり。
家族が来た時は家族にお風呂に入れてもらえたりすればいい。
特養に入れた人と自宅介護の人の差は大きい。
どこまでが福祉なのか。

福祉というのはどこかで最大値を決めなくてはいけないのだが、
日本ではそれを冷静に議論することが難しかった。
過剰な福祉が恐ろしいのは、人びとの自立精神を弱めてしまうこと。
精神の内面が蝕まれてしまう。
福祉の欠如で苦しむこともある。
しかし、過剰な福祉で人びとの心がすさむのを見ることは、
もっとも悲しい。