2009年11月08日

輓馬

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ピクチャ 2.png


今回、帯広競馬場を見学するにあたり

「輓馬」 鳴海 章

と言う本を読みました。

ぼくは「音更図書館」で借りて読みましたが、

文春文庫から出版されているようです。


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「輓馬」は、根岸吉太郎監督の映画「雪に願う」の原作。

東京国際映画祭で最優秀作品賞他4部門を獲得。

ずいぶん話題になった映画でしたが。

残念ながら映画はまだ観ていません。

今晩あたり見ましょうか。

著者の鳴海章。

1958年 帯広生まれ。
航空サスペンス小説「ナイト・ダンサー」で
第37回江戸川乱歩賞を受賞しているそうです。

今回初めて読ませていただきました。


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矢崎学。事業に失敗し借金取りに追われる。
故郷で輓馬の調教師をする兄を頼ってばんえい競馬の厩舎に逃げ込む。

重い橇を引いて必死に障害を乗り越える輓馬。
その馬を愛し黙々と世話をする厩務員たち。

挫折した男が、健気な馬や人びとの姿に触れ再生へ向かう物語。

と、シンプルな物語ですが。
なかなか良いです。

輓曳競馬のこともよく判ります。


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小説を読みながら思い出したことですが。

松岡正剛が「連塾ー日本の方法」で、
ラフカディオ・ハーンについて話していたこと。

新聞記者として念願の日本訪問がかなったものの、
出版社との契約関係がもつれてしまい、
ハーンは友人の紹介で島根県松江の中学校の英語教師をつとめることになります。
この松江との出会いがハーンと日本との出会いを決定的なものにする。

そこでハーンは、日本家屋に住み、妻節子(セツ)を娶り、息子を産み育てる。
その家にセツを頼ってセツの家族や親類が転がり込み、
ひとつ屋根の下に11人が暮らす大所帯となる。
ハーンにとって異国の日本で出会ったこの「家族」がかけがえのないものになる。

ハーンはこのように書き残している。
「わたしは自分の家に11人の世界をもっています。
この人たちにとって私は愛であり、光であり、いのちの糧なのです。
私が幸せそうなときは皆とても幸せそうです。
私が不機嫌なとき、家族は私以上に心を痛めます。
だから、私はいつも正しくあろうとつとめています」。

まさにこれが日本の家であり、日本のコミュニティーやコモンズですね。

と語っている。


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矢崎学の兄、調教師の矢崎東洋雄が運営する厩舎の人びとや馬達は、

まさにこの日本的なコミュニティーの中にいる。

日本の「面影」を感じることができました。

秋の一夜を豊かにしてくれる、小説でした。


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ばんえい十勝
   ↓
http://www.banei-keiba.or.jp/
posted by ましん at 15:54| Comment(0) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

ばんえい競馬2

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日本もアメリカも野球で盛り上がっています。

特にメジャーリーグ!! 

とにかく、すごいゲームの連続ですね。

昨日は午前中はワールドシリーズ、夜は日本シリーズ。


今日も午前中はワールドシリーズ。

ずーっとテレビを見ていると力がはいり過ぎて疲れる。
5回を終わったところでフィットネス・クラブへ。
エアロバイクを漕ぎながらの観戦。
途中から低温サウナ室に移っての観戦。

これまた疲れましたが。

適度に力が抜けて、なかなかいい観戦スタイルでした。


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昨日は、晴れた空からはらはらと白いものが舞ってきた。

帯広、今年の初雪。

冬支度もだいたいできているし、いつ雪がきても大丈夫。


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ところで、「ばん馬」は漢字で書くと「輓場」。

漢字で書くと判りやすい。
馬や橇を引かせる馬ということ。

もうひとつ、「ばんえい競馬」は「輓曳競馬」と書く。

これでかなりイメージできる。


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輓場が騎手とおもりを載せた鉄の橇をひき、
途中2ヶ所の障害を設けた200メートルの走路で競うレース。

最初の障害は高さ1メートル幅7メートル。
第二の障害は高さ2メートル幅16メートル。


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輓場は道産子馬ではない。

フランスから輸入されたペルシュロン種、ブルトン種、
ベルギー原産のベルジャン種の三種類が主流だ。

体重はサラブレットのおよそ2倍、1トンを越える巨体もいる。

しかも原産地のフランスやベルギーにはもうこれらの種はいないという。


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「ミスターばんえい」と呼ばれた、金山明彦氏の厩舎。伝説のジョッキー、通算3299勝。


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ばんえい競馬は、もともとは北海道の農家がそれぞれの家で
家族同様に飼っていた農耕馬を、秋の収穫祭で競争したのが始まり。

サラブレットのように速さではなく、農耕馬らしく力を争う競馬。


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ばんえい競馬は北海道の公営競馬。

以前は帯広、岩見沢、北見、旭川の4都市で主催、開催されていた。
およそ600頭の輓場と300人近い関係者(調教師や厩務員やその家族など)が、
4カ月毎に各都市へ移動しそれぞれの競馬場内の厩舎に
住みながら興行が行われていた。


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輓場の診療所。もちろん世界にひとつだけ。

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馬蹄を取り付ける蹄鉄屋。どこか時空間がずれています。


しかし馬券の売り上げは年々減り続け、
2007年からはついに岩見沢、北見、旭川の三市が経営から撤退し
帯広市の単独開催、帯広市営競馬となった。

と言う訳で現在は「ばんえい十勝」と呼ばれている。

すべてのレースが帯広で行われるようになったので、
帯広競馬場での年間開催日は150日となった。

そしてすべての馬と関係者が帯広競馬場に住んでいる。


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競馬場の裏方には、市民が気楽に入ることはできない。

馬の防疫上の問題もあるが、やはりギャンブルなので
関係者が市民とやたらに会うことははばかられるだ。

今回はある仕事上の関係で中まですべて見せていただくことができました。


外の社会とは違う、
どこか時代がズレたような不思議な雰囲気を漂わす時空間だった。


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輓場の巨体を目の当たりにすると、
なんて愛すべき動物なんだろうと、感嘆する。

その巨体、太い足とからだ、優しい目。

全身から湯気を立てながら重たい橇を引く、健気なその姿。

かつて輓場を家族の一員のように取り扱ってきた
北海道の農家の気持ちも想像できる。

農家とばん場の愛の歴史。


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2007年度、馬券の年間売り上げは130億円で、なんとか黒字。

しかし08年度は115億円となり、赤字に転落。

そして今年度の売り上げもあまり芳しくないという。


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帯広市は、「ばんえい十勝」維持のために税金を投入しないとしてきた。

日本で唯一、いや世界で唯一のこの競馬は、存亡の危機にある。

開拓民と一緒に畑を耕してきた馬達も、すべて姿を消すことになるのだろうか。


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posted by ましん at 23:10| Comment(2) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

ばんえい競馬

だいだい色の光の中で、ゆっくりとソリを引く「ばん馬」。


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夜明けとともに、ばん馬の調教が始まる。


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ソリの重量は、500kg〜1000kg。

やがて汗をかいてくると、それが湯気となってもうもうと立ち上がる。

吐く息とともに、湯気に包まれた大きなからだがざくざくと進む。


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十勝の人びとにとって長い間、ばん馬は農作業のパートナーだった。


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もはやばん馬が農作業に出ることはないが、それでも飼っている人がいる。

十勝の人のばん馬への愛は静かに続いている。


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「ばんえい競馬」は開拓時代の生活と文化の象徴。

いつまでも続いて欲しいと思う。


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posted by ましん at 22:47| Comment(2) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

ヤノマミ2

ヤノマミが、生まれてきた赤ん坊を人間として生かすか、

精霊のまま葬るか?

どこで決めるのか?


kannnaさんからコメントをいただきましたが。
       ↓
http://machizo7.seesaa.net/article/127009476.html

その後、気になって、自分なりに考えてみました。


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iPHONE についているカメラで撮っています。このカメラ、かなり遊べますね。


医療技術の進歩によって、現代の日本では、
乳児の死亡率が極めて低くなっている。
喜ばしいことではあるのだけれど、そうとばかり言えないことも。

昔ならば、生まれてすぐに亡くなってしまった子も、
救われるようになった。
命は救われても、元気に生きていける訳ではない。

以降、両親は看護に専念しなければならないことも起こっている。


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最近の保育所では、軽度の発達障害の子が増えているという。

今のところ、発達障害の原因は特定されていない。
しかし、大多数は先天性であり、
そうでないものは生まれてまもなくの疾患や外傷が原因という。

この子たちも、かつてはそれほど長くは生きられなかったのかもしれない。


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ヤノマミの母が生まれてきた赤ん坊に最初にする判断は、
集落全体の人口調整なのかもしれない。

狩猟採集中心の集落では生きていける人口は限られている。
はたして産まれてきた子は、そこで生き残っていくことができるのか。

母は、子の生命力の強さで判断しているのではないのか。


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医療技術もなく、つきっきりで世話をしてやれることもできない。


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パプアニューギニアの狩猟民族の首狩り族。

一族の長老とその後を継ぐ若者がそれぞれの船に乗って、
夜更けに海の沖に向けて漕ぎ出してゆく。

若者は沖で長老の首を刈る。

若者は、夜明けにひとりで戻ってくる。

自分が殺した長老の名になって。

若者は以後、一族の長となり、死んだ長老の名とすべての財産とを引き継ぐ。
同時に、長老が面倒を見ていた家族、女と子供たち、親族等々の面倒を引き継ぐ。
新しい長になって帰ってくる。


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子を殺し、父を殺して人は生きてきた。


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posted by ましん at 22:23| Comment(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

パブリックスクール

みなさま こんにちは


「 一般社団法人 PUBLIC SCHOOL (パブリックスクール)」 

なるものを設立いたしました。


一ヶ月ほど前、9月の初め頃のことです。


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まだウェブページもできていませんが、

とりあえず簡単なパンフレットと名刺を作って

ぼちぼち活動を開始いたしました。


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地域の活性化、街づくりのコンサルタント

子供、老人、障害者の生活環境の改善

エコロジカルな生活と環境の普及

などなどについての活動を中心にしようと考えています。


設計にいたる前段階のことや、運営のソフトについて、

関わっていこうというつもり。



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今のところ、わたし一人の組織。


動き出しながらどういうメンバーで、

どういう組織にするか決めていきたい。


象との関係もどうしようか、決めなくてならないし。


プロジェクトごとにチーム編成をするような、

フレキシブルな組織になればいいと思っています。


基本的には、いままでと同じく、


 働くこと、遊ぶこと、学ぶこと


 を あいまいもこ につなげていきたい。



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しかし、何から始まるか、どんなふうになるのか。

事前に考えていても、どうなるかは分かりませんが。


すべては成り行きまかせ。


そろそろと、近しい人にお話しすると、

うれしいことに、いろいろな人が興味を持ってくださっているようです。



 みなさま

 ご支援、よろしくお願いいたします。

 m(_ _)m



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posted by ましん at 22:15| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

1964年


残念ながら、2016年のオリンピック誘致、

東京都の願いは叶いませんでした。


けれど本音を言うと、個人的にはその方が好かった。

ぼくにとって東京オリンピックはただ一回。


二度目はいらない。


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1964年は東京オリンピックのあった年。

当時、ぼくは小学校4年生だった。

初めて目の当たりにするたくさんの外国人達。

それも様々な国からの様々な人種。

アフリカ人なんて見るのは初めてだった。


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超人的な人たちの競演。


マラソン、裸足の超人アベベ。

国立に入ってから抜かれ銅メダルに終わった悲劇の円谷幸吉。

柔道無差別級のアントン・ヘーシンク、彼に負けた神永昭夫。

女子体操のベラ・チャフラフスカ、男子体操の遠藤幸雄。

陸上100m走、アメリカの怪物ボブ・ヘイズ。

4*100m リレーのアンカーでゴールして空高く放り投げたバトンの軌跡。


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水泳自由形で4冠のドン・ショランダー、美しい泳ぎだった。

これが、ぼくが水泳を始めるきっかけに。


東洋の魔女 女子バレーボール、

おれについて来いの大松監督。

重量挙げの三宅、ボクシングの桜井。


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どの競技も観客はいっぱい。

小学校の先生に引率されて見に行ったのはマイナーな競技、バスケット。

国立代々木競技場第一、第二体育館、丹下健三の名作。

この建築でオリンピックを観なければ、建築家になっていたかどうか。

首都高ができ新幹線が走りモノレールが誕生した。


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東京オリンピックと聞くとすぐにノスタルジックなモードになってしまう。


さらに、1964年という年は、なにか特別。

子供ながらいろいろなことが少しずつ分かりかけ、

少しずつ記憶に残るようになった年だったような気がする。


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テレビ放送がものすごい勢いで流れ込んできた。

「鉄腕アトム」や「ひょっこりひょうたん島」の放送が始まったのはこの年。

「てなもんや三度笠」「シャボン玉ホリデー」「夢で逢いましょう」
「スチャラカ社員」「ジェスチャー」「お笑い三人組」

プロレスの人気は高かったが、家では見せてもらえなかった。
なにしろ8時には寝なければならなかったし。

「アップダウンクイズ」で夢のハワイへ

「兼高かおる世界の旅」「デン助劇場」

植木等の無責任時代

マンガでは赤塚不二夫の「おそ松くん」

シェーは大流行

巨人、大鵬、卵焼き


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やはりなんと言ってもアメリカのホーム・コメディー。

「名犬ラッシー」「ルーシー・ショウ」
「パパ大好き」は、もう終わっていたかもしれない。

「ディズニーアワー」「三バカ大将」「マイティ−ハーキュリー」「ララミー牧場」
「うちのママは世界一」「パパは何でも知っている」「名犬リンチンチン」

大きなリビングルーム。大きなソファー。その上に大きな犬。

歩きながら掛けるコードの長い電話。

変な袋のついた電気掃除機。
大きな冷蔵庫からさりげなくとり出して飲む、コカコーラ。

スーパーマーケットでの買い物。
おしゃべりしながら無造作に商品をカートに放り込む。
茶色い無印のふくろ。


母に言われて麻の買い物かごを下げて豆腐を買いに行く、ぼく。


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ボタンダウンのチェックのシャツ。コットンパンツ。
胸元にのぞく白いTシャツ。白いスニーカー。
白黒テレビだから本当は、色は判らなかったけれど。

どれひとつ、日本にはなかった。

週末に訪ねてくるガールフレンド。
父親から借りたステーションワゴンでデート。

広い芝生の庭。


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ビートルズのレコードが初めて日本で発売されたのもこの年。
「プリーズ・プリーズ・ミー」。
いとこのお姉さんの家でいつも掛かっていた。


新発売のロッテ・ガーナチョコレートは死ぬほどうまかったなあ。

いまだに好きなんだよね。


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いけない いけない。

またまた酔っぱらってノスタルジックになってしまった。

しかしまあ、思い出だけが人生だよね、とも言うし。


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posted by ましん at 00:11| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

空想の森映画祭

毎年秋になると十勝の新得町では「空想の森映画祭」が開かれる。

今年、初めて参加することができました。

しかし最後のプログラムとさよならパーティーだけに参加。


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この映画祭、1996年に始まったというから今年でもう14年目。

映画祭を運営しているメンバーには知り合いもたくさんいる。

それなのに今年が初めて。

この時期はいつも出張だったからかな。


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会場は廃校になった旧新内小学校。

校舎の中には昔のままの教材や標語などがそのままに保存されている。

タイムスリップしたような感じ。


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顕微鏡やアコーデオンや小太鼓や計算尺などが棚に、おそらく昔のまま展示されている。


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今年最後のプログラムは、パギやんこと趙博(チョウ・パク)さんの「歌うシネマ」。

「歌うシネマ」とは、故・マルセ太郎の至芸とも言える

「スクリーンのない映画館」に触発された芸。

マルセ太郎は映画「泥の川」や「生きる」を一人の話芸で映画を全部再現してしまう。

これは本当に至芸でしたが。


今となってはそれを見ることができたのは貴重な体験になりました。


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その後継者たらんとする趙博(チョウ・パク)。

韓国映画ブームの火付け役となった「風の丘を越えて」を一人で熱演。


正直に言ってマルセ太郎の芸と比べるのは酷かもしれませんが。


熱演でした。


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posted by ましん at 23:41| Comment(0) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

1Q84


驚異的な売れ行きだった「1Q84」も、

さすがに近頃は落ち着いてきて、世間の話題にならなくなってきた。

なにごともブームは一過性。

それにしても良く売れたよう。

しかし、今回は、いや今回もか、なにか変な感じ。


ほとぼりがさめたところで、ちょっと一言。


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友人達と一杯飲みながら、
読んだ本についてああでもないこうでもないとおしゃべりする。
これがぼくにとって、楽しい時間。

「1Q84」についてもしばしば酒席で話題に持ち出すのだが、反応がいまひとつ。

まだ読んでないという人が多い。

あれだけ驚異的に売れたのだから、ぼくもわたしも読みましたと。
石を投げれば読者に当たるくらいでなければおかしいのに。


買ったけど、読まなかったということなのか?

途中まで読んだけど、止めてしまったということなのか?


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これだけ話題になる人だから、もちろん関心はあるので、
新作が出ると、一応読んでおこうかと思う。

その結果、いろいろ読んでしまったけれど。


村上春樹を読むと、小さなフラストレーションが残ることが多い。


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「1Q84」の主人公の「青豆」も「天吾」も、ぼくと同い年である。

だから1984年当時はふたりとも、30歳。
「ねじまき鳥クロニクル」の「岡田亨」も同い年かな?
「ノルウェーの森」も、同じような年だった気がする。

村上自身より5歳若い年齢設定。
これだけ何度も繰り返されるには、訳があるのだろう。


年代を特定してこだわる割には、時代にそぐわないディテールが多い。

「ノルウェーの森」の主人公が、グレーのトレーナーを着て外出したりするが、
この年にはまだ日本でグレーのトレーナーは売られていなかった。

「青豆」が冷蔵庫から気楽にシャブリを出して飲んだりするのも、気に入らないところ。

この頃、日本でシャブリを飲むことは、特別なこと。
わずかに入ってきたシャブリ・グランクリュは高級レストランに出され、
1本3万円くらいはしていたんじゃないか。

30歳の女の子、スポーツ・インストタクターの「青豆」が
冷蔵庫から気軽にとり出して飲むような、そんなものではなかった。

などなど、細かいことなんだけれど、小説には重要なこと。

同じ時代に生きてきたぼくとしては、簡単には許せないこと。

時代のリアリティーに違反する小物が意味もなく登場してきて、
がっかりさせられてしまう。


ちょっと、八つ当たりっぽくなってきた、すみません。


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しかし彼の翻訳本は、とても好きだ。

チャンドラーもフィッツジェラルドもサリンジャーも、

みんなぼくの好きな作家だ。

ハードボイルドが好きな点も共感する。


ぼくも、村上と同じく、1978年のヤクルトの初優勝を応援していたし。

神宮球場の外野席、彼の近くで一緒に観ていた可能性もある。


別に共通点とはいえないか・・・


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いちばん好きな作品。

「海辺のカフカ」 

ほんとうに素晴らしい。

重奏するメタファー、緻密なディテール。

最高の小説、そうおもっている。


「1Q84」、痒いところがいっぱい残っていますねえ。

期待が大きいから、不満を感じるのでしょうか?

かってに期待している、自分が悪いのでしょうか?


村上春樹ファンのみなさん、すみません。


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posted by ましん at 23:26| Comment(0) | BOOKS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする