2009年11月19日

建築士の講習


先日、建築士の講習というものを受けさせられた。

何でも「姉歯事件」以降、建築士のモラルを向上させるために
全ての建築士に講習を受けさせることにしたという。


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iPhone


建築士というのは、一級建築士、二級建築士、木造建築士の3種類があるそうだ。

全部合わせると、なんと! 100万人以上もいるとか。

どおりで一級建築士なんかもっていても儲からないのも当然か。

ぼくらが若い頃は「一級建築士は足の裏についたごはんつぶ」と言われていた。
資格を取らなければ気になるし、取っても食えない、と。


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それら全ての建築士は今後3年以内ごとに
講習を受けなくてはならないと決まった。

というわけで、ぼくもその講習を受けなければいけないのだと。

講習は朝から始まって、90分、60分、90分、60分。
休憩を挟んで正味 計300分 の授業。
そのあと、60分のテストを受ける。


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重い足を引きずって講習会に出かける。

その講習の内容の退屈なこと!!
配布されたテキストの太字の部分だけを読み上げるだけの講師。
お寒いなんて言うどころではない。

さらに最後のテスト!!!
テストをされるなんて何時以来だろう。
この年になってもやはり少しは緊張する。
しかし、その内容のお粗末だったこと。

ほとんど運転免許の試験と同程度か。
「目の前の信号が黄色になりました、急いですばやく通り過ぎる」 ○か×か?
そんな程度の問題。

なにひとつ知的な刺激を受けることのない、講習。

丸々一日を費やして、なんてむなしいこと。


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「姉歯事件」は人びとに衝撃を与えた。

人びとの不安に応えるため行政がなんらかの対策に取り組むのも当然だ。
しかし確認申請や構造審査の厳格化が少しでも問題を解決する方法とは思えない。

まして、このふざけた講習の義務づけにどんな意味があるのかと、
ぼやきたくなる。

こんなのまったく意味がないじゃない。


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ところがテレビで事業仕分けのニュースを見ていて、やっと納得した。

講習会の参加費用が15000円!

100万人の建築士が3年ごとにこの講習を受けるとすると、
3年間に150億円の売り上げ。

年間に50億円のお金が、「何とか協会」に流れ込む仕組みだったのだ。
要するに天下り法人の収益になるだけなんだと。

これが悪賢い官僚の手口なのか!

「姉歯事件」に不安を覚えた人びとの心理を逆手にとり、
新しい講習会を義務化する。

それにつき合わされて朝から晩まで机に座っている。

建築士の講習を事業仕分けしてくれる人はいませんか!


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posted by ましん at 23:52| Comment(1) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

達磨窯

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山田脩二のスライドショウ。

おかげさまで盛況でした。


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昔といってもそんなに昔ではない。
わずか2〜30年くらい前までのこと。
淡路島には、達磨窯がまだ200以上残っていた。

いまはもう数棟残るだけ。
もはや瓦を焼いている訳ではない。


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復元された達磨窯。もうもうを黒煙を吐く。
さいわい地元の人は慣れている。


世界各地の瓦を見れば、皆けっこう大雑把。

それが日本では高度に品質が高く、寸法がそろって肌のそろった瓦が作られる。
JIS規格の威力。

もちろん高品質のものが安価で大量生産されるようになったのは、
悪いことではないのだが。

しかし、土を焼いて作ったという素材感は失われてしまった。


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古い集落のいらかの波は、微妙な色のバリエーション、素材感を持ち、美しい。

一方、でき立ての新しい瓦を葺いた屋根。
銀色の、のぺっとした屋根はまるで塗装されたようだ。
もちろん経年変化はするので、年月が経てばそれなりになるのではあるけれど。

もっともっと土っぽい瓦が欲しい。
そんな瓦を焼きたい。
薪をガンガン焚き、黒い煙をモクモクと吐き出す。
その炎で土を焼き、土をいぶす。

そんな原初へのあこがれ。


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山田脩二の達磨窯復元。

ぐっとくるものがありました。


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窯の上には塩がひと盛り。無事に焼けることを願う。






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淡路島 津井地区に唯一現存する達磨窯の遺構。

土置き場、土練機で土を練り荒地を作る。
それらをプレス、成形して乾燥させる。
窯で焼いて倉庫で保管、そして出荷。
製造工程に沿っての組み立て。



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大勢のボランティアに支えられて。

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達磨窯を覆う建物を窯鞘(かまさや)と言う。

仕口は淡路島の納屋やたまねぎ小屋に見られる長柄差し鼻栓締め。

屋根に葺いた瓦は、淡路島で不良品として捨てられた瓦を拾い集めたもの。


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設計は徳島の植村成樹さん。



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ふぞろいの瓦たち。


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資料提供は山田脩二
写真:白黒は山田さんの撮影。カラーは、不明。
ただし、紙焼きをスキャンしたもので、現物とはだいぶ違います。
カメラマンの名誉のため。


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posted by ましん at 19:50| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

山田脩二 スライドショウ

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伝説のカメラマン・山田脩二が十勝にやって来ました。

なんでも淡路島で「達磨窯」を復元させたという。

それを自慢しに来たんでしょうか。


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ということで

山田脩二スライドショウ 「達磨窯」 を開催いたします。

日時:11月11日(水) 18:00 より ぼちぼち飲み始めます

       スライドショウは、19:00 頃から

場所:象設計集団 然別アトリエ  会場デザインは小田徹さんです。

会費:無料です。


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「住宅建築」という雑誌の今年の3月号で、
特集をやったということなので見てみると。

なんと45ページも占拠!!
相変わらずゲリラ戦が続いているようです。

(>_<)

その雑誌、改めて最初から見てみると、
巻頭のプロジェクトに阪神ファンの「山原隆宏」くんの作品。
ご活躍です。
しかも、山田脩二が写真を撮っている。

(*0*;)☆

続いてのプロジェクトは、「斉藤祐子」さんの作品。
こちらは北田英治さんの撮影。

う〜〜ん、狭い世界です。

(; ゚×゚;)


明日は、ただの飲み会にならないように。

気をつけましょうね。

それでは、ご近所にいるみなさん、

お誘い合わせておでかけください。




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posted by ましん at 23:35| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

輓馬

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今回、帯広競馬場を見学するにあたり

「輓馬」 鳴海 章

と言う本を読みました。

ぼくは「音更図書館」で借りて読みましたが、

文春文庫から出版されているようです。


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「輓馬」は、根岸吉太郎監督の映画「雪に願う」の原作。

東京国際映画祭で最優秀作品賞他4部門を獲得。

ずいぶん話題になった映画でしたが。

残念ながら映画はまだ観ていません。

今晩あたり見ましょうか。

著者の鳴海章。

1958年 帯広生まれ。
航空サスペンス小説「ナイト・ダンサー」で
第37回江戸川乱歩賞を受賞しているそうです。

今回初めて読ませていただきました。


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矢崎学。事業に失敗し借金取りに追われる。
故郷で輓馬の調教師をする兄を頼ってばんえい競馬の厩舎に逃げ込む。

重い橇を引いて必死に障害を乗り越える輓馬。
その馬を愛し黙々と世話をする厩務員たち。

挫折した男が、健気な馬や人びとの姿に触れ再生へ向かう物語。

と、シンプルな物語ですが。
なかなか良いです。

輓曳競馬のこともよく判ります。


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小説を読みながら思い出したことですが。

松岡正剛が「連塾ー日本の方法」で、
ラフカディオ・ハーンについて話していたこと。

新聞記者として念願の日本訪問がかなったものの、
出版社との契約関係がもつれてしまい、
ハーンは友人の紹介で島根県松江の中学校の英語教師をつとめることになります。
この松江との出会いがハーンと日本との出会いを決定的なものにする。

そこでハーンは、日本家屋に住み、妻節子(セツ)を娶り、息子を産み育てる。
その家にセツを頼ってセツの家族や親類が転がり込み、
ひとつ屋根の下に11人が暮らす大所帯となる。
ハーンにとって異国の日本で出会ったこの「家族」がかけがえのないものになる。

ハーンはこのように書き残している。
「わたしは自分の家に11人の世界をもっています。
この人たちにとって私は愛であり、光であり、いのちの糧なのです。
私が幸せそうなときは皆とても幸せそうです。
私が不機嫌なとき、家族は私以上に心を痛めます。
だから、私はいつも正しくあろうとつとめています」。

まさにこれが日本の家であり、日本のコミュニティーやコモンズですね。

と語っている。


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矢崎学の兄、調教師の矢崎東洋雄が運営する厩舎の人びとや馬達は、

まさにこの日本的なコミュニティーの中にいる。

日本の「面影」を感じることができました。

秋の一夜を豊かにしてくれる、小説でした。


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ばんえい十勝
   ↓
http://www.banei-keiba.or.jp/
posted by ましん at 15:54| Comment(0) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

ばんえい競馬2

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日本もアメリカも野球で盛り上がっています。

特にメジャーリーグ!! 

とにかく、すごいゲームの連続ですね。

昨日は午前中はワールドシリーズ、夜は日本シリーズ。


今日も午前中はワールドシリーズ。

ずーっとテレビを見ていると力がはいり過ぎて疲れる。
5回を終わったところでフィットネス・クラブへ。
エアロバイクを漕ぎながらの観戦。
途中から低温サウナ室に移っての観戦。

これまた疲れましたが。

適度に力が抜けて、なかなかいい観戦スタイルでした。


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昨日は、晴れた空からはらはらと白いものが舞ってきた。

帯広、今年の初雪。

冬支度もだいたいできているし、いつ雪がきても大丈夫。


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ところで、「ばん馬」は漢字で書くと「輓場」。

漢字で書くと判りやすい。
馬や橇を引かせる馬ということ。

もうひとつ、「ばんえい競馬」は「輓曳競馬」と書く。

これでかなりイメージできる。


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輓場が騎手とおもりを載せた鉄の橇をひき、
途中2ヶ所の障害を設けた200メートルの走路で競うレース。

最初の障害は高さ1メートル幅7メートル。
第二の障害は高さ2メートル幅16メートル。


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輓場は道産子馬ではない。

フランスから輸入されたペルシュロン種、ブルトン種、
ベルギー原産のベルジャン種の三種類が主流だ。

体重はサラブレットのおよそ2倍、1トンを越える巨体もいる。

しかも原産地のフランスやベルギーにはもうこれらの種はいないという。


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「ミスターばんえい」と呼ばれた、金山明彦氏の厩舎。伝説のジョッキー、通算3299勝。


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ばんえい競馬は、もともとは北海道の農家がそれぞれの家で
家族同様に飼っていた農耕馬を、秋の収穫祭で競争したのが始まり。

サラブレットのように速さではなく、農耕馬らしく力を争う競馬。


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ばんえい競馬は北海道の公営競馬。

以前は帯広、岩見沢、北見、旭川の4都市で主催、開催されていた。
およそ600頭の輓場と300人近い関係者(調教師や厩務員やその家族など)が、
4カ月毎に各都市へ移動しそれぞれの競馬場内の厩舎に
住みながら興行が行われていた。


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輓場の診療所。もちろん世界にひとつだけ。

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馬蹄を取り付ける蹄鉄屋。どこか時空間がずれています。


しかし馬券の売り上げは年々減り続け、
2007年からはついに岩見沢、北見、旭川の三市が経営から撤退し
帯広市の単独開催、帯広市営競馬となった。

と言う訳で現在は「ばんえい十勝」と呼ばれている。

すべてのレースが帯広で行われるようになったので、
帯広競馬場での年間開催日は150日となった。

そしてすべての馬と関係者が帯広競馬場に住んでいる。


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競馬場の裏方には、市民が気楽に入ることはできない。

馬の防疫上の問題もあるが、やはりギャンブルなので
関係者が市民とやたらに会うことははばかられるだ。

今回はある仕事上の関係で中まですべて見せていただくことができました。


外の社会とは違う、
どこか時代がズレたような不思議な雰囲気を漂わす時空間だった。


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輓場の巨体を目の当たりにすると、
なんて愛すべき動物なんだろうと、感嘆する。

その巨体、太い足とからだ、優しい目。

全身から湯気を立てながら重たい橇を引く、健気なその姿。

かつて輓場を家族の一員のように取り扱ってきた
北海道の農家の気持ちも想像できる。

農家とばん場の愛の歴史。


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2007年度、馬券の年間売り上げは130億円で、なんとか黒字。

しかし08年度は115億円となり、赤字に転落。

そして今年度の売り上げもあまり芳しくないという。


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帯広市は、「ばんえい十勝」維持のために税金を投入しないとしてきた。

日本で唯一、いや世界で唯一のこの競馬は、存亡の危機にある。

開拓民と一緒に畑を耕してきた馬達も、すべて姿を消すことになるのだろうか。


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posted by ましん at 23:10| Comment(3) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

ばんえい競馬

だいだい色の光の中で、ゆっくりとソリを引く「ばん馬」。


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夜明けとともに、ばん馬の調教が始まる。


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ソリの重量は、500kg〜1000kg。

やがて汗をかいてくると、それが湯気となってもうもうと立ち上がる。

吐く息とともに、湯気に包まれた大きなからだがざくざくと進む。


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十勝の人びとにとって長い間、ばん馬は農作業のパートナーだった。


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もはやばん馬が農作業に出ることはないが、それでも飼っている人がいる。

十勝の人のばん馬への愛は静かに続いている。


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「ばんえい競馬」は開拓時代の生活と文化の象徴。

いつまでも続いて欲しいと思う。


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posted by ましん at 22:47| Comment(2) | 十勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

ヤノマミ2

ヤノマミが、生まれてきた赤ん坊を人間として生かすか、

精霊のまま葬るか?

どこで決めるのか?


kannnaさんからコメントをいただきましたが。
       ↓
http://machizo7.seesaa.net/article/127009476.html

その後、気になって、自分なりに考えてみました。


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iPHONE についているカメラで撮っています。このカメラ、かなり遊べますね。


医療技術の進歩によって、現代の日本では、
乳児の死亡率が極めて低くなっている。
喜ばしいことではあるのだけれど、そうとばかり言えないことも。

昔ならば、生まれてすぐに亡くなってしまった子も、
救われるようになった。
命は救われても、元気に生きていける訳ではない。

以降、両親は看護に専念しなければならないことも起こっている。


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最近の保育所では、軽度の発達障害の子が増えているという。

今のところ、発達障害の原因は特定されていない。
しかし、大多数は先天性であり、
そうでないものは生まれてまもなくの疾患や外傷が原因という。

この子たちも、かつてはそれほど長くは生きられなかったのかもしれない。


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ヤノマミの母が生まれてきた赤ん坊に最初にする判断は、
集落全体の人口調整なのかもしれない。

狩猟採集中心の集落では生きていける人口は限られている。
はたして産まれてきた子は、そこで生き残っていくことができるのか。

母は、子の生命力の強さで判断しているのではないのか。


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医療技術もなく、つきっきりで世話をしてやれることもできない。


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パプアニューギニアの狩猟民族の首狩り族。

一族の長老とその後を継ぐ若者がそれぞれの船に乗って、
夜更けに海の沖に向けて漕ぎ出してゆく。

若者は沖で長老の首を刈る。

若者は、夜明けにひとりで戻ってくる。

自分が殺した長老の名になって。

若者は以後、一族の長となり、死んだ長老の名とすべての財産とを引き継ぐ。
同時に、長老が面倒を見ていた家族、女と子供たち、親族等々の面倒を引き継ぐ。
新しい長になって帰ってくる。


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子を殺し、父を殺して人は生きてきた。


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posted by ましん at 22:23| Comment(1) | 環境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

パブリックスクール

みなさま こんにちは


「 一般社団法人 PUBLIC SCHOOL (パブリックスクール)」 

なるものを設立いたしました。


一ヶ月ほど前、9月の初め頃のことです。


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まだウェブページもできていませんが、

とりあえず簡単なパンフレットと名刺を作って

ぼちぼち活動を開始いたしました。


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地域の活性化、街づくりのコンサルタント

子供、老人、障害者の生活環境の改善

エコロジカルな生活と環境の普及

などなどについての活動を中心にしようと考えています。


設計にいたる前段階のことや、運営のソフトについて、

関わっていこうというつもり。



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今のところ、わたし一人の組織。


動き出しながらどういうメンバーで、

どういう組織にするか決めていきたい。


象との関係もどうしようか、決めなくてならないし。


プロジェクトごとにチーム編成をするような、

フレキシブルな組織になればいいと思っています。


基本的には、いままでと同じく、


 働くこと、遊ぶこと、学ぶこと


 を あいまいもこ につなげていきたい。



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しかし、何から始まるか、どんなふうになるのか。

事前に考えていても、どうなるかは分かりませんが。


すべては成り行きまかせ。


そろそろと、近しい人にお話しすると、

うれしいことに、いろいろな人が興味を持ってくださっているようです。



 みなさま

 ご支援、よろしくお願いいたします。

 m(_ _)m



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posted by ましん at 22:15| Comment(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする